エグゼクティブサマリー
本資料は、代数方程式の解法、特に2次および3次方程式を題材として、ガロア理論の根幹をなす思想を解説するものである。中心的なテーマは、方程式の解が持つ「対称性」を、体の「自己同型写像」という厳密な数学的概念を用いて捉えることにある。
2次方程式の解法において、平方根
さらに、3次方程式の解法に向けて、
第1部:2次方程式とガロア理論の基本概念
ガロア理論の基本的な発想は、2次方程式の解法における根源的な性質の考察から生まれる。
1.1. 2次方程式の解法と対称性
有理数係数を持つ2次方程式
- 両辺を
$a$ で割り、$x^2+px+q=0$ の形にする(ただし$p=b/a$ ,$q=c/a$ )。 -
$x = X - p/2$ と変数変換を行うことで、方程式は$X^2 = \frac{p^2}{4}-q$ となる。 - これにより、解は
$X = \pm\sqrt{\frac{p^2}{4}-q}$ となり、平方根を取る操作に集約される。
ここで最も重要な点は、「0でない数の平方根のとり方は2通りある」という事実である。例えば、
具体例: 数式
1.2. 体の言葉による定式化
この「置き換え」の概念は、体の自己同型写像として厳密に定義される。
- 体
$K$ と拡大体$L$ : 基礎となる体をここでは有理数体$K=Q$ とする。この体に$\sqrt{2}$ を添加して得られる体$L=Q(\sqrt{2})$ は、$K$ の拡大体と呼ばれる。 -
$Q(\sqrt{2})$ の構造: この体は、$a, b$ を有理数として$a+b\sqrt{2}$ の形で表せる数全体の集合であり、$Q$ と$\sqrt{2}$ を含む最小の体である。$L = Q(\sqrt{2}) = \lbrace\ a+b\sqrt{2} \mid a, b \in Q\ \rbrace$
- 自己同型写像
$\sigma$ :$\sqrt{2}$ を$-\sqrt{2}$ に置き換える操作は、写像$\sigma: L \to L$ として定義される。$\sigma(a+b\sqrt{2}) = a-b\sqrt{2}$
-
$\sigma$ の性質: この写像$\sigma$ は、体$L$ の四則演算を保つ自己同型写像である。さらに、任意の有理数$a \in Q$ に対して$\sigma(a)=a$ を満たすため、$K=Q$ の元を動かさない。これは「体$L$ の体$K$ 上での自己同型」と呼ばれる。
1.3. 演習問題による概念の深化
提示された演習問題は、これらの概念の理解を確かなものにする。
| 問題番号 | 概要 | 証明の要点 |
|---|---|---|
| 問題1-1 | 集合 |
1. 体が環であることの証明: 2. 体が体であることの証明: 0でない任意の元 3. 最小性の証明: |
| 問題1-2 |
|
|
| 問題1-3 | 写像 |
任意の • • • • 特に逆元については、 |
第2部:3次方程式の解法へのアプローチ
3次方程式の解法を考察する準備として、特定の対称性を持つ多項式の因数分解が導入される。
2.1. 中核問題:
問題1-4 は、
- ヒント: 1の原始3乗根
$w=e^{2\pi i/3} = \frac{-1+\sqrt{-3}}{2}$ を利用する。この$w$ は、$w^3=1$ および$w^2+w+1=0$ の性質を持つ。 - 因数分解の結果:
$x^3+y^3+z^3-3xyz = (x+y+z)(x+wy+w^2z)(x+w^2y+wz)$ - 解答例のアプローチ:
- 直接計算:
$(x+y+z)(x^2+y^2+z^2-xy-yz-zx)$ に分解した後、さらに2次の項を$w$ を用いて因数分解する。 - 2次方程式として解く:
$x^2-(y+z)x+(y^2-yz+z^2)=0$ という$x$ に関する2次方程式とみなし、解の公式を用いて$x = -wy-w^2z$ と$x = -w^2y-wz$ を導き、因数$(x+wy+w^2z)$ と$(x+w^2y+wz)$ を見つける。
- 直接計算:
2.2. 発展的視点:行列式による表現
この多項式は、巡回行列の行列式としても表現できる。
- 行列式表示: $\begin{vmatrix} x & y & z \ z & x & y \ y & z & x \end{vmatrix} = x^3+y^3+z^3-3xyz$
- 代数的構造: この行列は、
$E$ を単位行列、 $\Lambda = \begin{bmatrix} 0 & 1 & 0 \ 0 & 0 & 1 \ 1 & 0 & 0 \end{bmatrix}$ として、$xE+y\Lambda+z\Lambda^2$ と書ける。 - 対角化による因数分解: 行列
$\Lambda$ はユニタリ行列$U$ によって対角化可能である ($\Lambda = UDU^{-1}$ )。この性質を利用すると、行列式は固有値の積として計算でき、上記因数分解が代数的に導出される。$|xE+y\Lambda+z\Lambda^2| = |U(xE+yD+zD^2)U^{-1}| = |xE+yD+zD^2|$ - この計算結果が
$(x+y+z)(x+wy+w^2z)(x+w^2y+wz)$ と一致する。
このアプローチは、
第3部:今後の課題
提示された残りの問題は、これまでの概念を3次の場合に拡張し、具体的な方程式の解法へとつなげるものである。
- 問題1-5:
$L=\lbrace\ a+b\alpha+c\alpha^2 \mid a,b,c \in Q\ \rbrace$ (ただし$\alpha=\sqrt[3]{2}$ )が、$Q$ と$\alpha$ を含む最小の体$Q(\sqrt[3]{2})$ となることを示す。問題1-1の3次への拡張であり、逆元を求める際の分母の有理化がより複雑になる。 - 問題1-6: 一般的な3次方程式
$x^3-3px+q=0$ の解法を構築する。問題1-4の結果を利用し、$p=yz$ ,$q=y^3+z^3$ とおくことで解への道筋を探る。 - 問題1-7: 具体的な方程式
$x^3+2x-2=0$ を解き、その正の実数解$\alpha$ を根号($\sqrt{\ }$ と$\sqrt[3]{\ }$ )を用いて具体的に表現する。


